防 人 (さきもり)    1






 今年は雪解けが遅かった。
 目に映したくないモノを、少しでも長く覆い隠そうとしてくれていたのか。
 淡く萌え出した山々を背景にして
 ソレだけが異質な空間だった。
 墓標にふさわしい廃墟。

   早乙女研究所


「終わったのか。」

 背後から掛けられた声に、長身の男はゆっくりと振り向いた。

 「敷島博士。」




                           ☆




 
 崩壊のあの日からすでに半年。
 あの日、早乙女博士、ミチル、元気を含む270名の所員が一瞬のうちに蒸発して消えた。
 核以上の脅威、ゲッター線。
 隼人は所員ひとりひとりの家族に対し陳謝した。
 声を荒げて隼人を非難するものは誰もいなかった。ただ沈痛な面持ちで、泣き腫らした赤い眼で。
 骨の一片すら残らない一瞬の死。おそらく死んでいった者たち自身、自分の死に気づかなかっただろう。
 ひとりの所員の家族が言った。
 「何故でしょうね。息子が死んだとは今でも信じられないんです。今も穏やかな顔で隣に居るような・・・・・・・・・・淋しいけれど、悲しいけれど、息子が誰をも恨んでいないとわかっている以上、貴方を責める事はできません。」
 哀しげに、諦めたように、それでも静かに微笑む母親に、丁重な言葉と保障の他に何を告げることができただろう。
 研究所は高濃度のゲッター線に汚染された。有機体は消滅し、無機物さえ変化した。計器類はすべて狂い、原因を突き止めることはおろか、何が起きたのかさえわからなかった。すべてのデータは消えていた。
 何も解らないまま、これ以上の汚染を広げぬため、窓という窓、外へと向かうすべての扉は分厚いコンクリートで塗り固められた。ただひとつ無傷だった真ゲッターロボは格納庫に封印し、研究所は封鎖された。
 隼人は半年間トレーラーハウスで寝起きして、政府への報告書等、研究所の後始末に従事した。
 ただ一人で。
 消えて逝った者たちや
 去っていった者に対する想いを封じ、淡々と。
 その白皙が歪むことはなかった。

 
 「橘研究所へ行くのか。」
 「ええ。橘博士に招かれていますし、政府からも要請されていますからね。大型宇宙船の建造を早乙女研究所から離しておいたのは、ただひとつの幸運とでもいうのでしょうね。少なくとも30名のスタッフは無事でしたから。」

 
 崩壊の2ヶ月前、橘博士を主軸とする宇宙船建造のスタッフは、早乙女研究所を離れ、筑波に新たな研究施設を設けた。宇宙船の建造には広い土地が必要であったし、その少し前、宇宙で倒したはずのブライ大帝が、新たな戦艦、体を手に入れて襲ってきた。早乙女研究所ではテスト前だった真ゲッターロボを動かしてこれを撃破した。その後、真ゲッターの調整と改造に全力をあげて取り組んでいた。
 早乙女研究所壊滅の報に、取るものもとりあえず駆けつけた橘博士たちは、その悲惨な映像に言葉を失くし、ただ呆然と立ち尽くすだけだった。
 少し離れたところで見詰めていた隼人は、ふと強い視線を感じて目を遣ると、厳しい目で研究所を睨んでいる敷島博士がいた。

 「敷島博士までが橘研究所に行っておられたとは知りませんでした。てっきり地下の研究所で早乙女博士と共にいると思っていましたから。」
 「真ゲッターロボは強力な武器というより、強大なエネルギーを強さの鍵としていたからな。ワシの出番はない。それよりも宇宙船の武器を考えるほうが面白いからの。」
 「・・・・・・・・そうですか?・・・・・・・でも、とにかく生きていてくださって嬉しいです。」
 「ふん・・・・・・これから橘研究所はゲッター線を使わないロボットを開発するんじゃろう。」
 「ええ。私が研究していたプラズマボムスを考えています。月面開発も一旦中止となりましたから、大型宇宙船建造もお預けです。」
 宇宙から時空を超えて襲ってきた敵。それが事実であれ、実際にそれを目にしたのは消えて逝った早乙女研究所の所員だけだった。すべての記録は消えた。
 真ゲッターに乗り込んでいた2人以外。
 宇宙人関与の真偽は別としても、ゲッター線の破壊エネルギーは地球にあるどれよりも凄まじかった。国連は日本にゲッター線研究を中止させると共に、月面基地計画も白紙に戻した。大地にも目を向け直そうと。
・・・・・・本音はゲッターを保有する日本に恐れを抱いただけなのかもしれないけれど。ゲッターロボそのものと、データバンクそのものの男は残っていたから。だが、日本政府もゲッターの力を恐れた。そのため、ゲッターを封印したが、それでも、万一その力が必要にならないとは限らない。ゲッターを引き継ぐ唯一の男は、幸い私欲で動く人間ではなかったから、政府は隼人に早乙女研究所の管理を委ね、かつ、日本の新たな守り手となることを望んだ。
 
 「ゲッター線を使わずに真ゲッター以上の力を持つロボットなぞ造れませんがね。ゲッターロボGを超えるロボットは造ってみせますよ。武器のほうはよろしくお願いしますよ、博士。」 
 にやりと笑みを見せる隼人に、
 「いや、ワシは遠慮しよう。」
 「え?」
 おもわず声が上がる。
 「ワシももう年じゃしな。いままでの研究内容はこのディスクに入れておいた。役に立つようなら使ってくれ。」
 隼人は示されたディスクを見ずにじっと敷島を見る。
 「何をなさるおつもりですか?」
 「案ずるな。ゲッター線研究ではない。ソレはお前に引き継がれるものじゃ。この先使おうが、使わまいがの。」
 ゆっくりと廃墟となった研究所に歩み寄る。
 見上げながら
 「ここでの生活はなかなか面白かった。リョウはワシの作るどんな武器も軽々と扱いおったし、武蔵や弁慶は丈夫でいくら爆風にふっとばされても笑っておった。おまえは・・・・・・・まぁ、それなりに、な。」
 らしくなく目を細め思い出をつぶやく敷島を、隼人はじっと見詰めていたが、
 「そうですか。残念ですが仕方ありません。でも、今後の住所だけは教えていただけますか。教えを請うこともあるでしょうから。」
 「ワシがお前に教えることなど、もうないと思うがの。」
 にたりと笑って
 「いや、教えることがないことを祈っておる。」





                  ☆                       ☆




 数年後。
 ドイツ生まれのアルヒ・ズゥ・ランドウ博士が提唱した北極における宇宙開発基地計画。
 世界各国の大企業から膨大な資金、優秀な科学者、軍人、技術者を集め、来るべき新世紀に備え、宇宙、地球すべての物理、経済、軍事学をこの基地で開発する世界統一プロジェクト。個々の国々でコセコセと競争するのではなく、全人類が力を合わせて幸福に向かう。人類はそこまで進歩したのだと。
 発足から2年遅れて参加した、橘博士を団長とする日本チーム。一員として加わった隼人は、ランドウ博士の真の目的、『世界征服』を見破った。
 隼人は静かに怒った。たかが一個人の栄華のために地球を守ったわけではない。そう、早乙女研究所の皆は。
 隼人は日本チームを脱出させると基地の破壊に徹したが、サイボーグ戦士や攻撃用ロボットに阻まれ、ランドウの息の根を止めることができなかった。かろうじて基地を脱出、日本に生還した隼人は政府に報告、対策を検討し、国防のための基地建設を依頼された。目の回るほどの忙しさの中、隼人は敷島博士の家を訪ねた。

 「なかなか派手に暴れたようじゃのう、隼人。北極基地は跡形もないというではないか。」
 「海に潜ったか、氷原に隠れたかわかりませんがね。必ずどこかで力を蓄えているはずです。」
 「だが、もう奴に協力する企業も国もないじゃろう。」
 「自分の利益だけを考える奴はどこにでもいますからね。楽観はしていません。」
 「おまえは大怪我を負ったと橘が言っておったが、どうなんじゃ?」
 「日常生活には支障はありません。」
 「日常ではないことには支障ありということか。」
 わざわざ聞きなおす敷島。
 「リョウとは連絡をとっておらんのか。」
 懐かしい名前に、ふと瞳が揺れる。だが、すぐに
 「あいつにはあいつの生き方がありますから。研究所崩壊の前、あいつはゲッターを降りて研究所を出ると言っていました。なにか、私の知らないところで心に期するものがあったのでしょう。ゲッター線に不安と不審を持っているようでした。」
     『俺たちは早乙女博士の言うことを信じてきたが、
      実際、ゲッターがなんであるか知っちゃいねぇ。』
     『こんなものに生かされてはいねぇ。』
     『運命に逆らうのも運命だ。』

 「それでもあのとき、地球を救うのはゲッターしかないと乗り込んでくれましたが。」
 
 あのとき。戦い方もわからずに、示された空間に飛び込んだ。時間稼ぎをすればいいと言われたが、相手は巨大すぎて、何をすればいいのかわからなかった。とにかく、と敵の腹のなかに飛び込んで、手当たりしだい内部を引きちぎった。どれほどのダメージを与えられたものか。
 そのとき、目の前に広がったのは宇宙空間を覆い隠さんばかりの大船団と、星ひとつ潰せそうな巨大なロボットだった。リョウはソレを「エンペラー」と呼んだ。俺は目の前を過ぎる大船団を見ているだけだった。そして。

 こちらの空間に戻ったとき、研究所は廃墟と化していた。誰もいない。

 俺とリョウはなにを守ったのだろう。どうしてあちらの空間に行かねばならなかったのか。ただ見ていただけだった。
 見ることが望まれたのだろうか、それとも、残ることを決められたのか。
 今なお解けぬ疑問。

 「私が今開発中のロボットは、研究所崩壊の前に試作していたものです。ゲッター線を使わないロボット。あのとき、すべての機器と廃棄となっていたロボットが狂いだしたとき、ソレだけが扱うことが出来ました。人間の意志に忠実なロボット。ゲッター線を使わないのであれば、リョウも帰ってくるかもしれませんが。」
 あのとき、宇宙空間でゲッター船団を目の当たりにして俺は震えた。
  見てみたい。ゲッターがどこから来て、どこへ行くのか、を。
 だが、戻ってきた世界で見たものは---------
 
 なにかの意志で2人残されたのならば、共に居ないほうがいいだろう。おれの知らない何かを見たリョウ。次に呼ばれるのは奴かもしれない。武蔵を失い、弁慶を失い、博士たちをも失い。
 おれはいつも残される、そんな気がする。真っ平ごめんだ。
 ゲッター線を使わないロボットでこの地球を守ってみせる。相手が人類であればこちらも対応できる。ランドウはサイボーグ化していたが人間だった。人類を、地球を滅ぼそうとはしない。そう、あのとき時空を超え、研究所を押し潰そうとしたモノが相手でなければ。

       リョウを呼ぶ必要はない。

 「パイロットの当てはあるのか?」
 「基地の建設から取り掛からなければなりませんからね。少なくとも10数年はかかるでしょう。探しますよ。一人だけ予定しています。翔です。」
 「橘の娘か?」
 「ええ。信一君を目の前で殺された翔は、戦うことで哀しみと苦しみと恐怖を乗り越えようとしています。翔は勘のいい子供です。きっと、私の望むパイロットになれるでしょう。」
 戦いの予定がなければ、別の方法で癒してやることもできたはずだが。戦士が必要な今、あらゆる手段を講じなければ。
 「おまえは無理か?」
 「何回か搭乗するくらいは平気ですよ。」
 たぶん、と心の中で付け加える。たとえ何があっても、最後の一回だけは。必ず。



     
                 ☆
               ☆               ☆







 15年が過ぎた。その間世界は平和で。
 北極で企まれていたランドウ博士の世界制服の野望も、本人とともに氷の海に沈んだと思われた。
 だが、一部の人間の間では秘密裡に、ランドウに対抗すべく戦闘ロボットの開発や戦艦の建造が為されていた。
 隼人が脱出前にひそかにハッキングした映像とデータ。人体改造やサイボーグ、ロボットの映像は、科学者や軍人がひと目みただけで脅威を覚えるものだった。たとえ今何の動きもないとはいえ、あれほどの科学力を持つ組織が簡単に消滅、あるいは諦めてたとは思えない。サイボーグ化したランドウ博士は死んではいまい。いずれ、より強大な力を携えて己を世界に誇示するだろう。


 北海道サロマ湖畔。ネーサー基地。
 最高責任者は橘博士だが、実質、基地の人員を掌握、指示しているのは大佐の地位にある神 隼人。
 冷静かつ、正確無比の頭脳。その白皙は、冷酷非情の司令官として畏れられながらも、すべての隊員たちは隼人に心服していた。心酔していると言ったほうがいいかもしれない。

        「 あの人に 間違いはない。」


 號が他人に恐怖を感じたのは初めてだった。
 自分だって散々暴れてきたし、一般常識からはみ出している事は重々承知だった。
 常人をはるかに超える体力や運動能力。この間も30人ほどのヤクザを病院送りにした。「人間じゃねぇ、化けモンだ!」と何度罵られたことか。だけど、本当の「人でなし」、「人非人」、人に非ずの人間とは。
 よく、「人の皮を被った悪魔」とか、「悪魔の皮を被った人間」という比喩があるが、悪魔ならまだいい。人を害するものとして憎み蔑み排除するだけだ。だが、人を守るために人を死に向かわせる存在は。
 人の死を左右する絶大な力を持ち、人ではなく悪魔でもない存在とは・・・・・・・
 馬鹿な考えだと一蹴する。それでもつい考えてしまうほどに、あの男はこの基地で絶大な力を持っていた。隊員に対して。

 「な〜〜んかさぁ。」
 訓練を終えて剴の部屋でゴロゴロしていた號は言った。號にとって、自衛隊のエリートたちが血反吐を吐いた訓練もたいしたことではなかった。頭で覚えるよりも、体で覚えるのは得意だ。打たれ強さと回復力は常人をはるかに超えている。
 「この基地の人ってみんな神さんの命令には絶対服従じゃん。そりゃ、司令官の言うことを聞かない隊員がいたら困るけどさ。それでも皆を見てるとなんか異常。もし神さんが間違った判断をしても諾々と従いそうだ。あの人、ランドウみたいな独裁者になれるぜ。」
 「ランドウ以上だろうな。実際、ランドウ博士にスカウトされてたらしいし。」
 「へっ?!」
 思わず飛び起きて剴を見る。
 「15年前、ランドウ博士の北極基地でさ。橘博士や神さんも日本チームとして加わったって言ったろ。ランドウの野望を知って
基地を脱出するまでの数ヶ月間、ランドウは暇さえあれば神さんを手元に呼び寄せてあれこれ説明したり、意見を尋ねたり、食事に誘ったり。自分の助手にならないかとさんざん言い寄って、橘博士にも頼んでたって、他のメンバーから聞いたよ。他の国の科学者や軍人たちは有無を言わさず人体改造とかサイボーグゾンビに洗脳、再生したっていうのにな。神さんは無傷で服従させたかったんだ。腹心の部下にと考えていたんだろな。実際、神さんがランドウに従っていたら、世界なんてとっくに敵の手に堕ちていたかもな。」
 全世界はランドウの野望を知ることもなく、協力させられ続けていただろう。各国の優れた科学者や軍人は敵の駒となり、気がついたときには対抗する術さえ残ってはいない。
 「ゲッターロボだってもともとは神さんの設計だ。神さんがいなければ完成できたかどうか。翔をパイロットとして鍛えたのも神さんだし、お前をパイロットとして目をつけたのも神さんだ。」
 「なんでもござれの神、様々かよ。」
 なんか面白くなくてぶっきらぼうに言い放つ。
 「拗ねるなよ、あの人は特別なんだ。」
 「同じ人間同士、特別もクソもあるかよ!」
 思わず剴の胸倉を掴みあげる。
 「ご、ごほッ!號、や、め!!」
 「あ、すまん・・・・・」
 息が詰まって真っ赤になった剴から手を離す。
 「げほっ・・・・・ぐ・・・ふう----」
 呼吸を整えた剴が號を見ると、すっかりしょげている。
 「まぁ、あんな人は滅多に居ないからな。戸惑うのも無理ないさ。必要であればそれだけで命令を下す。でもな、號。これだけは言っとくけど、神さんは何よりも平和を、人類を大切に思っている。必要であれば、どんなに冷酷非情な命令も下すけど、仕事以外の無茶は言わないし、解らないことがあって尋ねると、すごくわかりやすく教えてくれる。今は忙しすぎて無理だけどな。だから俺たちはあの人を、畏れながら憧れている。あの人ほど私欲のない人も珍しい。目的のためには、憎まれることだって受け入れるんだ。」
 「・・・・・・・・・だから、ヤなんだ・・・・・・」

   小さく呟いた声は届かない。


 それから先も號は何度も隼人の命令にカチンとくることもあったが、でも必要なことだと納得した。ランドウが日本に何基もの自爆メカを上陸させ、それを楯に日本政府を屈服させたときも、政府に従った隼人を理解した。
 アラスカ基地でシュワルツ達に馬鹿にされ、やっかいもの扱いされたときはひどく腹を立てたが、なにものの保護を持たない自分たちは、いくらゲッターロボを持ち込んだとはいえ、一介の兵士にすぎない。各国にもスーパーロボットはある。自分たちだけが特別なのではない。敵が同じなのだから仲良くしましょうなんて綺麗ごとは絵空事だ。信用できない相手と組むのはごめんだ。命よりも失敗に通じるから。
 戦士が死を覚悟するのは当たり前。作戦が成功するか否かが肝心だ。失敗につながる自己犠牲は美徳ではない。犬死だ。ギリギリの中で、號は本当の戦いというものを知った。隼人があれほど冷酷冷徹であっても他の者が従う意味もわかった。勝つことは容易ではない。
 アラスカで散った命と想いを噛み締めながら、それでも戦いに向けて決意した號が日本に戻って見たものは。


                  「 黒を切れ。 」






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 ゑゐり様 12000番リクエスト
   お題は  「アークで隼人」
          カムイと敷島博士との出会いとか、隼人と敷島博士の再会(?)


 いつもいつもリクエストいただいて恐縮です、ゑゐり様。
 研究所崩壊からアークまでを書こうと思いましたら、ちょっと、ぶつ切りになってしまいました。盛り上がりに欠けて申し訳ありません。話の筋を追おうとしますと、つい・・・・
 Warみたいに好き勝手な設定ですと、もう少しギャグも入れられる?いえ、こちらももっと、好き勝手になっていく予定ですから、もう少し、お付き合い下さいませ。
     (2007.5.5   かるら)